2014年1月1日更新

 明けましておめでとうございます。世界遺産に登録された富士山は、一段と輝いて見えていることでしょう。大気汚染を克服してきた東京からは、富士のお山がきれいに見えていると思います。でも世界では今も戦火が消えることはありません。なんたる人間の業なのでしょうか。

 東北の震災・大津波後、かつての仕事仲間から、原発についての痛切な訴えを聞かされた。原子力の平和利用という考えを改めるという主張である。つまり人間は、核分裂を制御できる技術を持っていないから、核兵器の廃絶と同じく、原発からも撤退すべきであるというわけである。
 福島の原発事故を体験したいま、日本人の多くがこの主張に反対することは出来まい。私も長い目で見れば、それに同調せざるを得ない。5年や10年で、放射性物質の半減期を変えてしまうような技術が発明されるとは思えないからである。安全神話の元で、除染の方法さえ十分には研究されていなかった。
 高度経済成長期に忘れ去られた基礎研究や危機管理への先行投資など、安全安心への備えを急ぐべきだろう。そのための負担が必要とあらば、国民一人ひとりが応分の責任を持たねばなるまい。
 私の義父は被爆者、義母と妻は1年後に原爆の投下地点近くに移り住んだ。放射線を相当浴びたはずである。義父は77歳、義母は96歳まで生き、妻は古希を過ぎた今も元気です。人の生きる力は、そうそう捨てたものではないと思う。

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